たましいの帰省先

日々について

夜ご飯のあとから集まって遊ぶひとたち

とてつもなく嬉しいことがあって昨夜、駅まで走ってしまった。あまり実感の湧かない今日でしたが、プールに行ってあまりにもボーッとしていて、泳いでなかったし泳いだ気もせずに記憶がなくて大変怖い思いをした。

明日は8時半からバイトの鍵開けなのだけど、これから池袋で旧交を暖める予定なので、絶対に絶対に起こしてほしい。

明日は晴れの予報

長期休みは後半になって急に忙しくなる。ありがたいことに久しく会っていない友人たちからの誘いが増えて、就活中なのでと伝えるのが心苦しいほどです。

春暁はまさしく今で、起きられないほどの眠気が襲ってくる。毎日目一杯予定を入れて、ディズニーシーに行ったり面接をしたり美術館に行ったり、何よりも交通費が飛んでいく。今日は給料日で、明細をもらうまでは下ろさないのが信条だけれど、ATMが空いていないと困るのでやむなく下ろす。

会いたい人に会うのに、交通費や交際費を惜しむのは、ずいぶんケチ臭いことだなあと思う。だけど学生の稼ぎには限りがあって、会いたい人全てに会いたいときに会って食べたり、物を贈ったりすることができない。不自由だけど、仕方ない。

早く大人になりたい。自分で自分のために稼いで使うようになりたい。寝たり起きたり働いたり、そういうことの全てを自分のためにやりたい。今だってそうだけど、そういうことではないんですよ。

誰かのことをとても愛しているということ

誰かのことをとても愛しているということ
あなたのことを何より大切だと思うこと
誰のことも愛していないことと誰か一人を愛していることはどれほど違うのだろう

息を大きく吸うこと
背筋が伸びて気持ちがいいこと
新たなやる気を燃やすこと
全てが自らに善となるものと思うこと


この世からいなくなったあとを思うこと
誰かから優しさをもらったこと
愛されていた記憶をジャムのように煮詰めること
愛する気持ちは焼きたてのパンのように香ること


あなたを名前で呼びたい
私は春の雨に濡れたい

人伝の感情のこと

二月の終わりに、中国の写真家任航(Ren Hang)が亡くなった。このところは彼の死について考えている。

私は彼のことをよく知らない。そのため私は、私の中の、彼の死を悼む気持ちに対してうろたえる。

私が任航を知ったのは一年半ほど前のことで、個展(http://fashionpost.jp/culture/culture-art/39608)に行った人をTwitterで見かけたのがきっかけだった。
「奇妙な写真を撮る人だなあ」と思った。裸の男性や女性が不思議なポーズをとったり、動植物と絡まったりしている。気持ち悪いのとそうでないのの本当に境目にあるように感じた。どちらかと言えば好きな感じだった。しかし彼の個展にも行くことはなかったし、写真集を買ったりwebサイトへ訪れたりすることもなかった。「奇妙な写真を撮る人だなあ」以外の感想はなかった。その時は彼のことはよく知らなかった。

それからもたまに彼の写真が目に入った。それらの中には限りなくうつくしいものもあれば、ちょっと気持ち悪い印象を受けるものもあった。少しずつ彼の写真のインパクトにも慣れ、馴染み始めたと思っていた。でも彼のことはよく知らなかった。これからゆっくり知っていくだろうと思っていた。


そして、彼は突然この世を去った。その事が意外なほどに私に影響を与えている。彼の死を知ったあとでInstagramのアカウントをフォローした。最後の写真には安藤さくらがいて、真っ赤なドレスを身につけてこちらをじっと見据えている。コメント欄にはたくさんのRIPが並んでいて、私もその中に同じ言葉を置いた。ただ置いてきた。

彼を知るきっかけとなったTwitterでは、たくさんの人が死を悼んでいた。それを見て初めて、私は彼のいない世界を強く実感した。悲しいと思ったけれど、それが人伝の感情でしかないことが、悲しみよりも大きいわだかまりになった。今も私は彼の死を悼んでいるのか分からない。彼や彼の写真のことを心から好きで好きで堪らなかったとは言えないし、彼の死を認識したのはインターネットの中の誰かを通じてだった。

私は彼のことをよく知らない。だけど毎日彼のいないこの世界のことを思う。知っている誰かが永遠に欠けてしまった世界。生活が続いていく。何一つ変わらないのだと思う。

はらだ有彩さんという方の3月のコラムにこんな文章があった。(http://apartment-home.net/%e6%97%a5%e6%9c%ac%e3%81%ae%e3%83%a4%e3%83%90%e3%81%84%e5%a5%b3%e3%81%ae%e5%ad%90/yabai-201703/)

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死んでしまったらもう会えない。
人生の道のりのどこかで、必ずもうこれ以上一冊の本も読めなくなる瞬間、これ以上一曲の音楽も聴けなくなる瞬間、好きなメニューをこれ以上もう一口も食べられなくなる瞬間というものがある。
それは読めるとき、聴けるとき、食べられるときと同じ世界の続きにあるのに、はっきりと変わってしまう。道端にある自動販売機でジュース一本買うような気軽で楽しいことだって、ある瞬間を境に全くできなくなってしまう。
できるだけ多く、読んだり、聴いたり、食べたりしてほしい。自由に話して、自由に考えて、自由に働いて、あなたの心からの人生を一秒でも長く続けてほしい。
そう思うのは私の勝手な希望だ。
そんなことどうだっていいよ、放っておいてよ、余計なお世話だよ。そう言われてしまうと私にはもう何も言えない。結局、まあ、そうなのだ。彼女の命なのだから。
だけど私はほんとうに悲しい。悲しいとあなたに伝えられない関係が悲しい。私、あなたと友達だったらよかったのに。
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私はこれを読んで、ああそうだ、と思った。多分私もこんな風に言語化したかった。人伝の悲しみは純粋な自分の気持ちではないと思う。でも、私は私で悲しかったのだ。彼の個展に行けばよかった。行ってみようと思っていたのだ、本当に。次の個展で、時間があれば立ち寄ってみよう、と本当に思っていたのだ。彼のことを知りたいと思っていたのだ。彼のいなくなってしまったことを、自分の気持ちとして受け止めたかった。後悔している。出掛けていくのを面倒くさがったことを。彼の作品にもっと触れなかったことを。


任航が、亡くなった。私は彼に捧げる写真を撮りたかった。あなたの写真が好きですと、あなたがいなくなって悲しいですと言いたかった。


上手く言葉にできなかったけれど、彼を好きになったことを少しでも表せていたらいいなと思います。

ハイウェイ

日差しに春のような暖かさが混じるようになってきた気がします。このまま春になってくれればいいのだけど。春はくるりを聴きたくなる気がします。

今回の春休みの目標を決めました。今積ん読している本をできるだけたくさん読むことにします。

同期がたくさん留学に発ち始めました。私はどこへも行かないので、何となく置いていかれた気がして寂しくもありますが、それも自分の選択だってことを忘れないようにしたいです。

もう少し日が延びて暖かくなったら、いろんなところへ遊びに出ようと思います。ついつい忘れてしまいがちだけれど、私はいつでも行きたいところへ行くことができる。やらなければいけないことはたくさんあっても、それを全て投げ出す覚悟さえあればいつだって全てを捨てることができる。ともすれば自分にはどこにも逃げ場がないと思い込みがちな私は、いつだって自由であることを意識していたい。

せっかくの休みだから、たくさん家の外へ出て、腹ぺこで帰宅するようにしたいです。一昨日までひどい風邪を引いていて、健康は大事だと再確認しました。健やかにいたいものですね。

歩きながらニヤニヤする

久しぶりなので最近のよかったことを書きます。
ていうか最近電波悪すぎないですか?


・ロシアから友達が帰ってきました。おかえり。正直二週間くらいこれを楽しみに乗りきりました。めっちゃかばん重かった。

・教え子が191回の授業を終え無事に卒塾しました。255時間ですよ。二年半です。本当によく頑張ってくれました。こんなにも報われたことはないんじゃないか。

・春休みに入りました。他の大学より早いですが、アクティブラーニングにヒーヒー言った結果なのでドヤ顔をします。

・ペン字を始めました。少しずつ字が綺麗になっているのがいいですね。

・寝る前のストレッチを再開しました。スッと寝られるようになりますね。


今年は酉年なので、鳥の羽のごとく身軽になることを目指します。自由になろうぜ。

楽しい日々だと何も書けなくなってダメになる気がしますが、楽しくても心の底からは楽しめないから、大丈夫かもしれないです。私は何を言っていますか。

年の瀬

昨日は三軒はしご酒をした。年の瀬なので。そして今日は風邪を引いている。

仕事納めをしたあと、西武の上のレストランでちょっとハズレのディナーとワインをいただいて、空席が出るまでに入ったゲーセンで200円でぬいぐるみを取ってもらってから行った飲み屋で窓際の炬燵の一番いい席で宗教と哲学の話をしながら日本酒と鰆を摂って、大掃除をサボったバイト先の忘年会に紛れ込んでモヒートを浴びた。

好きな人がいないことを寂しいことだと思うかい?綺麗なイルミネーションを見たときに、一緒に見たいと思う人がいないことは?空っぽだけど、風通しがよくて気持ちがいいよ。こんなことばかり詮索されるのはもう飽きました。

まだ大掃除が終わってないけれど、三ヶ日の間には、部屋に残ったものを捨てて、できるだけ持ち物を減らしたい。とにかく私は身軽になりたい。また来年も、なんとか生き延びてみようと思います。